レポート

Report

2025.06.30
産地情報

中国産シャクヤクの加工場視察~四川省で感じた繋がり~

去る2025年4月、日本中のパンダ愛好家と私に衝撃が走った。
和歌山アドベンチャーワールドで飼育されている4頭のジャイアントパンダが、2025年6月末を以て中国に帰国することが発表されたのだ。
発表の少し前、和歌山旅行の計画を立てた日がまさかの休園日で「また次でいいか」と思っていた私に、次は訪れないのである。

さて、彼らが帰国する場所というのが、本レポートの舞台となる中国四川省である。

四川省 成都

四川省は中国の西南部に位置し、青海省、甘粛省、陝西省、重慶、貴州省、雲南省、チベット自治区に隣接する。面積は48.5万㎢(日本は38万㎢)で四季を有する。東部の盆地は亜熱帯湿潤気候に属し、温暖湿潤で肥沃な平原が広がる一方、西部の山岳高原地帯は高度によって亜熱帯から亜寒帯まで全ての気候帯に属する厳しい土地である。

三国時代には蜀を形成するなど3000年の歴史を持ち、中心都市の成都は2500年前から名称が変わらないと言われており、現在は人口2000万を超える超巨大都市(東京都の人口は約1420万)になっている。

絶滅危惧種であるジャイアントパンダの繁殖地としても著名で、四川省ジャイアントパンダ保護区はユネスコ世界自然遺産に登録されている。また、中国四大料理の一つとされる四川料理は辛くて痺れる「麻辣」味が特徴で、これは盆地の湿度を発散させるための知恵から生まれた食文化である。

今回成都に降り立った2024年11月は、ちょうど日本と同じぐらいの、薄手の長袖では少し肌寒いような気候であった。

成都荷花池(かかち)中薬材専業市場

ところで、四川省は生薬にとっても重要な土地である。
成都荷花池(かかち)中薬材専業市場は中国四大中薬材市場(諸説あり)の一つとされ、約2,300軒の店が軒を連ねて約4,000種類の中薬材を販売しているという。
当帰や川芎の主産地でもあり、川芎という生薬名は「四川省の芎窮(きゅうきゅう)」に由来している。

中江県にあるシャクヤクの加工場

そんな四川省の中で、今回の目的地は成都から北西に車で1時間ほどの中江県にあるシャクヤクの加工場であった。

生薬のシャクヤクは、園芸でもお馴染みの芍薬の根を使用する。ただし、日本と中国では加工方法が異なっており、日本では基本的に周皮を去って乾燥させたものを使用するのに対し、中国では茹でた後に周皮を去った「白芍」と皮付きのまま乾燥させた「赤芍」を使用する。

本加工場は栃本天海堂で使用しているシャクヤクを加工する契約加工場であり、ここで実践されている「ある特別な加工方法」を視察するために四川省を訪れたのである。

シャクヤク加工の流れ

本加工場でのシャクヤク加工の流れは以下の通りである。
原料入庫→選別→皮去り及び洗浄→一次乾燥→選別→二次乾燥→選別→刻み

まずは入庫した原料の選別作業を行う。現在は栽培4年生のシャクヤクの根を使用しているが、入庫した段階では細いものや異物が多く混入している。細いものは中国国内でエキスの原料などに使用されるそうだが、刻み生薬としては不適であるため除外する。

■皮去り及び洗浄

太いものを選別したら、グルグルと縦に回転する装置の中に、シャクヤクの根と水と砂を入れ、1.5~2時間ほど回転させて周皮を去る。使用する砂は川底の砂が適しているという。

ちなみに、このような回転式の皮去り装置は他の生薬加工場でもよく見られるもので、「ガラガラ」などと呼ばれている。

「ガラガラ」を終えると、綺麗に周皮が取れている。

■一次乾燥→選別

皮去り後は乾燥室で一時乾燥を行い、太いもの、細いもの、調整が必要なものの3つに選別する。調整が必要なものは手作業で不要な部分を除去する。

■二次乾燥前の下準備

ここから二次乾燥を行うのだが、そのための下準備として芍薬を数本ずつ紐で縛っていかなくてはならない。1本の長い紐に、細いものは5~6本、太いものは3~4本ずつ芍薬を次々と縛っていくのだが、これが見かけ以上に手間のかかる作業である。私も実践してみたところ、スピードは遅いし、縛った根はポロポロ落ちていくし、散々な結果であった。

こうして繋がった芍薬は、ついに長さ3m、重さ7㎏を越える芍薬の束となるのだが、実はこの工程こそが、本加工場だけの「ある特別な加工方法」なのである。普通の加工場では芍薬を籠などに広げて平置きで乾燥させるのだが、本加工場では束にした芍薬を吊るして乾燥させるのだ。

■二次乾燥(吊るし乾燥)

吊るし乾燥は平置き乾燥に比べて明らかに手間がかかる。それでも吊るし乾燥にこだわるのは、この乾燥工程が出来上がるシャクヤクの品質と大きく関係しているからである。シャクヤクは断面が白色の生薬だが、状態が良くないと赤紫色に変色してしまい、変色したものは品質が劣るとされている。そこで、できるだけ変色の少ないシャクヤクの製造方法を、加工場の先代と栃本天海堂で模索した結果、独自の吊るし乾燥に行きついたわけである。更に特筆すべきことは、この方法が生み出されたのは25年以上も前であり、既に世代交代されているにも関わらず、今もこうして手間をかけた吊るし乾燥が継続されているということである。

当代曰く、「吊るして乾燥することで品質の良いシャクヤクが出来上がると先代から教えられている。手間はかかるが、これからもこの方法を続けていく。」と。なんと心強く、有難い言葉であることか。

このようにして2月頃まで吊るし乾燥を行った後、何度かの選別と刻み工程を経て集荷業者に出荷され、そこでの選別を終えた原料が栃本天海堂に入庫されている。更に栃本天海堂で各種確認試験や安全性試験をクリアし、選別を行い、製造されて初めて、晴れて「トチモトのシャクヤク」として皆様の元にお届けすることができるのである。

今回の四川省出張を通じて感じたのは繋がりの重要性である。聞けば、伺ったシャクヤクの加工場は初めての商品出荷先が栃本天海堂であったとのことで、四半世紀を経てお互いを取り巻く環境が大きく変化した現代にあっても、「良い生薬」のために変わらず尽力してくださっている。

日本で使用する生薬は、そのほとんどを海外からの輸入に頼っている。安心、安全、安定した品質の生薬を供給し続けるためには、産地の方と良好な関係を構築することが最も重要な要素の一つである。オンラインで繋がれる時代ではあるが、適宜産地に入り、縁を繋ぐことが肝要であると肌で感じた経験となった。

結ばれた芍薬のような繋がりは、パンダのように偉大である。