漢方・漢方薬の輸入、栽培、製造、販売までを一貫して行うメーカーです。

株式会社 栃本天海堂

茴香のふるさとを訪ねて

茴香

茴香畑への長い道のり

茴香畑への長い道のり

茴香の産地である甘粛省は新疆ウイグル自治区の東に隣接する。ウルムチから甘粛省でのベースとなる敦煌へは飛行機でひとっ飛び。しかし、体は全くもって軽やかではない。新疆で食べた料理を消化する際に食欲も一緒に消化してしまったようだ。テーブルの上で安らかに眠っていた羊の祟りであろうか。


敦煌から茴香が栽培されている玉門へは車で3時間。途中で高速道路から一般道に変わるとやや道ががたついてくる。平時では何ともない車の揺れも、羊の怨念が取り憑いた体には一瞬の揺れも拷問に感じられるほどであった。

最初に訪れた畑は三方を小麦、扁豆、トウモロコシ畑に囲まれ、更に畝と畝の間には亜麻仁が植えられている。まさに茴香が様々な作物に埋もれているような印象で、茴香自体の栽培に農薬を使用していないとしても、隣の畑で農薬を散布する際に風が吹けばドリフト汚染の危険性は高まる。

茴香の間に植えられた亜麻仁

茴香の間に植えられた亜麻仁

亜麻仁

亜麻仁


次に訪れた畑は最初に比べ、広々としている。ちょうど花が満開に咲いており、菜の花畑にやって来たようで、心が躍る。しかし、畑に近づくと唸るような音が聞こえる。目を凝らしてみると、蜂やテントウムシがブンブンとダンスを踊っているのである。茴香の蜜は甘く、虫たちが嬉しそうに飛び回っているのもうなずける。

茴香畑を飛ぶ蜂

茴香畑を飛ぶ蜂

畑に敷かれたビニール・シート

畑に敷かれたビニール・シート


視線を下に落とすと、土砂が堆積した白いビニール・シートが目に留まる。日本の畑でも雑草対策や保温効果を期待して黒いビニール・シートが使用されるが、この畑においても同様の目的で使用される。しかし、問題はこのビニール・シートを使いまわしており、前作物が綿花であるという事実。綿花の播種時及び収穫前に農薬が多量に使用され、土壌への農薬の残留が懸念される。実際、茴香からやや高い値で農薬が検出されることがある。

脱穀場

脱穀場

種子を採取する際に使用される鉄棒

種子を採取する際に使用される鉄棒


茴香の収穫は種子が結実する秋頃で、乾燥させた後にシートの上で叩くか、広々とした脱穀場で大きな鉄棒を機械や家畜を使って引き、種子は医薬品や香辛料として市場に出て行く。この甘粛省においては薬茴香と呼ばれる種も栽培されている。茴香と比べ、やや背が高く、種子はやや小さい。皮が薄く、香りは高いが、栽培されている割合は全体の3-5%に過ぎず、専らこだわりのある者しか使用しない。従って、ほとんどが普通の茴香に混ぜられているようだ。

茴香についての和歌はないものかとググってみると、紀貫之によるこんな和歌がヒットした。

来し時と 恋ひつつをれば 夕暮れの
影にのみ 見えわたるかな
呉の母

呉の母

これは藤原定家が残した古今和歌集定家本に収載された墨滅歌(すみけちうた)。定家の父、俊成がいったん墨を塗って削除したものの、定家が復活させ、巻末に置かれた短歌。もともと、巻第十 物名(もののな)に収載されていたものである。
物名とは、隠し題を別の言葉のつながりの中に詠み込むもので、上記の歌の下線部、「暮れの面」に茴香の古名、「呉の母(くれのおも)」が隠れている。


産地から敦煌への帰り、運転手が道に迷い、3時間でホテルに帰り着くところ、ようやく辿り着いた時には0時をまわっていた。18時頃に玉門を出発した時には辺りは明るく、地平線の遥か彼方に太陽が沈むのを見た時、貫之のような心境に陥り、あのジャズの名曲『センチメンタル・ジャーニー』を心の中で奏で、感傷にひたった。しかし、夜の帳が我々を包み、何時間経過しても窓から見えるのは延々と続く地平線。街の灯火も見えない。暗闇と砂の恐怖が我々に迫って来る。

遥かに続く地平線

遥かに続く地平線

暗雲が垂れこめる

暗雲が垂れこめる


頑固に道に迷ったことを認めようとはしない、いいかげんな運転手に腹が立ったが、結局、何とかなるものである。寂れた観光地にしか思えなかった敦煌のネオンもあの時は私を優しく包み込んでくれたように感じられた。

はて、まだ道に迷った事実を知らず、ひとりのん気に遥かに続く大地をセンチメンタルに眺めていた時、あの夕暮れの中に見た面影は誰だったのであろうか。

鼻眼鏡をかけた農家の男の子

鼻眼鏡をかけた農家の男の子