生薬栽培の歴史と未来への展開 はじめに

 漢方薬を処方されている医師が8割を超える現在、日本で使用される漢方薬は210処方以上あり、漢方薬を構成する生薬は100種類を超えていますが、国内自給率は12%と低く、中国産は83%にのぼります。


 中国国内では生薬用に採取される野生種の枯渇や自然保護政策、中国での消費の増大の理由から、日本では国産生薬の自給率向上が求められています。先ず、日本の歴史上に見られる生薬の栽培地「薬園」を紹介します。

薬園の始まり

 日本初の薬園は、天武天皇の時代に薬師寺に附属して作られたとも言われますが、薬園に関する記載の初見は、文武天皇の「大宝律令」(701年 大宝元)とされています。日本最古の医事制度である「医疾令」が公布され、宮廷官人に対する医療、医療関係者の養成および薬園等を管理する典薬寮が設置され、「薬園師」、「薬園生」、薬用植物の世話係りの「薬部」がいました。


 その後、疫病が流行するたび、薬物の輸入や採薬により医療が施され、薬園の必要性を痛感しますが、規模や分布、栽培植物の種類から、日本の薬園が最も発達したのは江戸時代になります。 次は、江戸時代の薬園の発達、種苗の頒布と海外産植物の国産化について確認しましょう。

江戸時代の薬園
江戸時代の薬園マップ ※クリックすると全体図が表示されます。

 江戸時代は、歴代将軍が産業や学術の発展に力を注いだ時代です。鎖国政策をしていましたが、長崎を窓口として海外との貿易は続けられていました。当時の医療の本流であった漢方に用いられた薬草や、珍しい植物の見本のために設けられたのが初期の薬園です。


 江戸時代以降に開設された薬園は、例外はあるものの江戸時代初期には主に幕府のもの、中期には幕府による薬園の拡大と先進的な藩での薬園の設置、中期から後期には諸藩や商人、本草学者などによる開園が相次ぎました。これらは、官製、私製及び外国製の3つのタイプに分けられます。


 官製の薬園は将軍家直轄の薬園として、三代将軍 徳川家光によって1638年(寛永15)江戸城外園南北2ヶ所(麻布・大塚)に開設された最初の御薬園です。その後、 統廃合されて新たに設けられたのが小石川御薬園であり、駒場御薬園です。幕府は他に、外国との唯一の接点であった長崎や京都にも御薬園を設けました(表1)。


 加えて、江戸時代中後期は各藩による薬園が次々と開園されました(表2)。地図上でながめると、代表的な薬園だけでも北海道から九州まで日本全国に薬園があったことが分ります(図1)。


森野旧薬園 300年以上の薬草栽培の歴史を持つ
森野旧薬園

 また、幕府・藩の庇護の元で活躍した裕福な商人や本草学者などにより作られた私製の薬園もありました。代表的な薬園は、1729年(享保14)に森野藤助が幕府から薬草を貰って栽培を始めた「森野薬園」で、創設以来280年に渡り、日本の薬園史上貴重な資料(松山本草など)を保存しています。


 江戸時代の薬園は、生きた薬用植物を見ることのできる標本園として、また、既存の植物の維持と新しい植物の受け入れの場として、更に増産するための栽培試験場としての役割を果たしてきました。


表1 幕府開設の薬園
薬園名 開設時期
江戸麻布・大塚 1638年(寛永15)
京都鷹ヶ峯 1640年(寛永17)
長崎 1680年(延寶8)
江戸小石川 1684年(貞享元)
江戸駒場 1720年(享保5)
駿府 1725年(享保10)
久能山 1726年(享保11)
大和 1729年(享保14)
表2 各藩設置の薬園
藩名 各藩設置の薬園
尾張 1688 ~ 1703年(元禄年間)
南部 1715年(正徳5)
高松 1716 ~ 1735年(享保年間)
熊本 1756年(寶暦6)
1766年(明和3)
薩摩 1779年(安永8)
久留米 1786年(天明6)
福岡 1789 ~ 1800年(寛政年間)
秋田 1818 ~ 1829年(文政年間)
廣島 1818 ~ 1829年(文政年間)
島原 1846年(弘化3)

輸入生薬「御種人参」栽培の始まり

 江戸中期、医療が一般の民衆にも普及するにつれて、薬の原料となる生薬の需要が高まり、輸入品だけではまかないきれなくなりました。また、その代金として莫大な額の金銀が海外に流出しました。そこで八代将軍 徳川吉宗は、国内で自給が可能な体制を整えようと、いくつかの方策を実行しました。その中でも海外産植物の国産化の取組みを行い、世界初の人参の人工栽培に成功しました。幕府は種苗を諸大名へ分与し、藩の財源として奨励しました。これが「御種(おたね)人参(にんじん)」の名前の始まりです。

株式会社 栃本天海堂の生薬栽培の取り組み
大和トウキ 優良種苗である大和トウキの採取用の
栽培
カンゾウの栽培地 中国における弊社のカンゾウの栽培地

 弊社では、以前から栽培事業の一環として主要な生薬の種苗管理を始め、基源や栽培、収穫、調製加工方法の把握を図り、将来の安定供給に努めています。

(Ⅰ)国内生薬栽培の推進

 京都府福知山にて自社薬園を設置し、直接管理によるトウキやサイコの栽培を行っています。国内生産を増やすために栽培希望者に優良種苗を安定的に供給し、栽培指導を行うモデル栽培地の設置を目的としています。

(Ⅱ)甘草などの野生品種の栽培化

 環境や資源枯渇問題で象徴的な「甘草」については、中国で1999年から商業栽培を開始し、現在では10~20トン/年を生産しています。


 日本における生薬栽培は、(1)漢方薬の原料として相応しい種子や種苗からの栽培、(2)栽培に適した気候風土の土地の確保、(3)人件費の高騰、(4)農家の高齢化など、多くの課題があります。


 弊社は臨床効果の認められた生薬を選抜栽培し、皆さんの健康維持のお手伝いを念頭に、国内外の栽培を展開しています。

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